東京地方裁判所 平成6年(ワ)6448号 判決
原告
野村政行
被告
セントラル警備保障株式会社
右代表者代表取締役
齊藤隆
右訴訟代理人弁護士
宮沢邦夫
藤本博史
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、七万〇七二八円を支払え。
第二事案の概要
本件は、警備保障会社に雇用されていた原告が、二四時間勤務をしたにもかかわらず賃金が全額支払われていないとして、この未払賃金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 当事者関係
被告は、警備及び安全管理業務の請負並びにこの保障などを目的とする株式会社である。
原告は、平成元年一二月一日、被告に雇用され、警備業法上の警備員(但し、被告の就業規則上の呼称は警務職員)として勤務していた。
2 勤務形態
被告の社員は、就業規則上、一般職と警務職とに区別されており、このうちの警務職の勤務時間は一か月を単位とする変形労働時間制となっている。
そして、右勤務形態は、就業規則三二条、同別表1の定めるところにより、二四時間、一八時間、一六時間、一二時間、日勤勤務(八時間)となっている。
被告における二四時間の勤務形態にあっては、各警務職員に、就業開始時から終業時までのうち、休憩として、正午から午後二時までの間と午後六時から午後八時までの間、または、その他時程表により指定された時間の時間帯のうち合計四時間が、また、仮眠時間として、午後一〇時から翌午前六時までの間において連続四時間がそれぞれ与えられることとなっている。しかし、右休憩時間や仮眠時間については、これらの時間に勤務した場合には超過勤務手当が支給されるが、それ以外には支給されない。
3 本件問題の二四時間勤務
原告は、平成五年八月一二日、同年九月二、八、一四、一九(公休日)、二一、二九日の合計七日間、午前九時から翌日午前九時までの二四時間の勤務に就いた。
二 争点
原告の右七日間についての未払賃金請求権の有無である。
(原告の主張)
原告は、右七日の各日につき、超過勤務四時間分の賃金と仮眠時間四時間分の賃金の支払を受けていない。
原告の一時間当たりの賃金は一二六三円であるから、右七日間の合計五六時間分の未払賃金の合計は七万〇七二八円となる。
よって、原告は被告に対し、七万〇七二八円の未払賃金の支払を求める。
(被告の主張)
原告は、平成五年八月一二日と同年九月二、八、一四、二一の各日に一六時間の通常勤務と四時間の超過勤務に就き、残りの四時間は仮眠時間(午前一時から同五時まで)であった。
さらに、原告は、同月一九日(公休日)に一八時間の休日勤務に就き、残りの六時間のうち四時間が仮眠時間、二時間が休憩時間であった。
また、原告は、同月二九日に八時間の通常勤務と一〇時間の超過勤務に就き、残りの六時間のうち四時間が仮眠時間、二時間が休憩時間であった。
右仮眠時間と休憩時間は労働時間ではないから、これについて賃金の支払義務はない。
仮に、右仮眠時間と休憩時間とが労働時間であるとしても、被告は、原告をも含めた警務職員全員に対し、給与規則一九条に基づいた「警務職手当」を支っており、この支払額は右仮眠時間と休憩時間分とに相当する賃金以上となるから、これ以上に超過勤務時間相当分の賃金の支払義務はない。
第三争点に対する判断
証拠(略)によると、次の事実を認めることができる。
原告は、平成五年八月から翌九月までJR京葉線稲毛海岸駅前のディスパ稲毛店の日勤勤務(八時間勤務)に就いていたが、この間に本件で問題となっている平成五年八月一二日、同年九月二、八、一四、一九(公休日)、二一、二九の各日には、就業場所が二四時間の勤務形態となっていた住友商事千葉ビルに派遺されたため、いずれも午前九時から翌午前九時までの二四時間勤務に就いた。そして、右各勤務日のうちで八月一二日、九月二、八、一四、二一の各日は、勤務の都合上、通常勤務一六時間の外に休憩を取らずに四時間の超過勤務をなし、九月一九日(公休日)は一八時間の休日勤務をなし、二時間の休憩時間を取り、九月二九日は、八時間の通常勤務の外に一〇時間の超過勤務をなし、二時間の休憩時間を取った。そして、原告は、右各勤務日の勤務時間のうちで、午前一時から午前五時までの連続四時間につきそれぞれ仮眠を取った。
右に対する賃金の支払関係についてみるに、被告は、八月一二日、九月二、八、一四、二一の各日については、休憩時間四時間分の勤務については超過勤務手当を支払ったが、残りの仮眠時間各四時間分については労働時間には該当しないとして賃金を支払っておらず、九月一九日(公休日)については、一八時間分の超過勤務に対する賃金を支払っており、九月二九日については、通常勤務に対する賃金の外に一〇時間分の超過勤務手当を支払っている。しかし、九月一九、二九日の各日については、各四時間の仮眠時間及び二時間の休憩時間についても労働時間には該らないとして賃金を支払っていない。
右認定事実によると、原告の被告に対する未払賃金請求権の有無は、八月一二日、九月二、八、一四、二一の各日については、各四時間の超過勤務につき賃金が支払われているのであるから、各四時間の仮眠時間につき賃金支払義務があるか否かが問題となるのみであり、九月一九日(公休日)については、四時間の仮眠時間と二時間の休憩時間についての賃金支払義務があるか否かが問題となり、九月二九日については、一〇時間の超過勤務につき賃金が支払われているのであるから、二時間の休憩時間と四時間の仮眠時間に対する賃金支払義務があるか否かが問題となる。
ところで、休憩時間は、そもそも労働から開放されている時間であるから、この時間に労務を提供したなどの特段の事情がない限り、被告は原告に対しその賃金の支払義務のないことは明らかであり、そして、原告が右休憩時間に労務に就いたことを認めるに足りる証拠もない。
したがって、本件休憩時間分の賃金の支払を求める部分は理由がない。
そこで、問題となるのは、四時間の仮眠時間についての賃金請求権の有無である。
ところで、被告にあっては、平成二年四月一日施行の給与規則において三、四級警務職員(但し、原告は四級の警務職員であった)に対し、毎月の勤務日程表によって示す所定の就業時間内に含まれる深夜勤務割増賃金及び時間外勤務割増賃金を定額で定め、これを「警務職手当」として支払うこととし、右金額は、付表4に定める一か月四万二〇〇〇円とした(同規則一九条)。
右制度は、警務職員は、この約八割が二四時間隔日勤務に就いているという勤務実態にあり、そして、警備という勤務の性質上、就業規則に定める休憩時間四時間のうち約二時間が休憩できないという状況にあったことから、現実に就業しない場合であっても、右四時間のうち二時間分を超過勤務時間と見做して取り扱うこととし、警務職員の平成四年四月ころの給与の最高額(二〇万円を上回る者がいなかったが、二〇万円を基礎額とした)を基準に割増賃金を仮定的に定め、これを被告においては便宜上「自動調整超勤手当」と称し、これに深夜労働時間である午後一〇時から翌午前五時までの間の七時間から仮眠時間四時間分を除外した三時間分の深夜割増賃金を加えた合計額を「警務職手当」と称して、警務職員に毎月支払ってきた。
原告も、本件で問題となっている平成五年八月分及び九月分の賃金として、警務職手当として各月に四万二〇〇〇円の支払を受けた。
右認定事実によると、被告は三、四級の警務職員に対し、警備という勤務の性質から、現実に勤務をしない場合にあっても、仮眠時間を除外しているとはいえ、三時間分につき深夜割増賃金を「警務職手当」として毎月支払っており、原告も平成五年八月分と九月分につき警務職手当として各四万二〇〇〇円の支払を受けていたというのである。
そうすると、仮に、仮眠時間四時間分につき深夜割増賃金請求権が存するとしても、原告は、被告から深夜割増賃金としての性格を有する警務職手当として本訴請求額以上の支払を受けているのであるから、右賃金は右支払によって消滅したこととなる。
したがって、本訴請求は理由がないので、主文のとおり判決する。
(裁判官 林豊)
別表(略)